花見条約

先週、先々週と、東京の週末は天気がよくお花見日和で、
わたしも咲き誇る桜の花を楽しみました。
今日の嵐ですっかり散ってしまうでしょうね。
また来年。

花見といえば思い出すもの。

北欧関係の、とある出版物に
(べつに明記したっていいんですが、まあなんとなく)
北欧諸国の歴史年表が載っていて、
そのフィンランドのとこの、
1809年の箇所に、
こう書いてあるの。ほんとだよ。

1809年 ハナミの和議
(ロシアの大公国となる)

はなみの和議……?

花見の和議……??

いったい花見の席のどういういきさつをもって、
フィンランドはロシアの大公国となったというのか?

当事者はロシアとスウェーデンのはずだが、
スウェーデンは花見の場所取り合戦でロシアに負けたのか?
酒代が払えず、フィンランドをあげるから勘弁してといったのか?

ちがいます(あたりまえ)。ふざけてスミマセン。
(それにしても「花見の和議」って漢字で書くと
急に日本史っぽい雰囲気だ)

これは単純に、印刷時のミスだと思います。
ただしくは、
「ハミナの和議」
でしょう。ははは。
書き手の方が間違えたのではもちろんなくて、
「ハミナ」が日本語で意味を持ちうる「ハナミ」とあまりに似ているために、
印刷の工程でなんか間違いが起きたのではと推測します。
だいたいその「和議」が成ったのは9月だから
花見は無理だしね。(そういうことではない)

ハミナ(Hamina)はフィンランドの地名です。
1809年に、この町で結ばれた条約によって、
フィンランドはスウェーデンからロシアに割譲されました。

山川出版社の『新版世界各国史21北欧史』(1998年)では、
この出来事のことは

フレードリクスハムン(ハミナ)条約

と書かれています。これはハミナのスウェーデン語名なのでしょうね。

フィンランド語では、「ハミナの和議(講和)」は

Haminan rauha
ハミナン ラウハ

むすばれた条約そのもののことは

Haminan rauhansopimus
ハミナン ラウハンソピムス

となるようです。

(ハミナン=ハミナの
ラウハ=平和
ソピムス=ここでは、条約)

このあたりの歴史については ここ などどうぞ。
フィンランドの歴史上、1809年が大きな意味のある年であることがわかると思います。

フィンランドには こんなページ がありました。
In briefのところで英語の説明も見られますよ。
さらに、この条約が締結されてから来年2009年で200年なので、
それを祝うイベントがたくさん計画されているようです。
→ Haminan rauhan juhlavuosi 2009
いまのところフィンランド語のみですが、
いずれその他の言語でも説明が読めるようになるのではと期待。

花見からだいぶ話がとんでしまいましたが。
来日したフィンランド人を連れて、
日本式のお花見をしたことも何度かありますが、
かれらもやっぱり、よろこびますねえ。
いっせいに咲いている桜はやはり美しいし、
屋外でお酒が飲めるのもうれしいし。

桜の花の季節は短いですから、
ちょうどお花見ができるころに来日するのはなかなか難しく、
10回くらい日本に来てようやく桜満開の時期にあたった人は、
「ついにおれもハナミができる!」
と、来る前からたいそう興奮していましたっけ。

そんなフィンランド人を伴って夜桜の公園などへ行くと、
桜の下で宴会に興じている日本人たちは、
いつものシャイな顔はどこへやら、とってもフレンドリー。
サクラを愛でている見知らぬ「ガイジンさん」に対して、
非常に友好的に接してくれることが多かったです。
言葉つうじてないのに意気投合してたり。
これぞ花見外交、花見平和条約締結というところでしょうかね。

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大阪の国際児童文学館存続運動

大阪の国際児童文学館といえば、わたしにとってはムーミンです。

大阪府立国際児童文学館(公式サイトはこちら)には、
ムーミン研究の第一人者、故・高橋静男先生がいらっしゃったからです。

いま、この児童文学館の存続が、危ぶまれています。

ひこ・田中さんの児童文学書評に「大阪国際児童文学館存続のためのお願い。」として、経緯の説明、存続のための運動のことが書かれています。

児童文学書評トップページは こちら
★大阪国際児童文学館存続のためのお願いのページは こちら

ムーミンファンなら、
『ムーミン童話の百科事典』
(高橋静男「ムーミンゼミ」/編 渡部翠/編、講談社、1996年)
をご存じのかた、お持ちのかたも多いでしょう。
amazonだと表紙画像がない代わりにやや詳細な情報が見られます)

この事典は、国際児童文学館で、高橋静男先生を講師として開かれていた「ムーミン・ゼミ」から生まれました。

90年代のはじめごろ、東京でムーミンがらみのイベントがあり、
高橋先生もおいででした。(そういえば岸田今日子さんも出ていたなあ)
会場からの質問や感想を受け付けるコーナーで、
「東京でもムーミン・ゼミをなんとか開催していただけないでしょうか」
という声がありました。
同じ気持ちの人ばかりだったと思います。大阪がうらやましかった。
大阪国際児童文学館といえば、
わたしにとって憧れの場所でしたし、
いまでもいつか機会をつくって訪れたいと思っている場所です。

国際児童文学館は、公式サイトを見てもわかるように、
研究機関、資料収集機関としての機能を持っています。
2003年までは海外から研究者を招聘しており、フィンランドからも研究者が来日しています。
地域の図書館とはまた異なった役割を担っている施設です。
子ども向けの出版物全般にかかわる、
国内、国外の貴重な資料が体系的に収集保管され、
(日本が世界に誇る漫画も含まれています)
専門知識を持つ研究者を擁する施設だからこそ、
ムーミン・ゼミのようなすばらしい成果も生まれたのではないでしょうか。

少しでも興味を持たれたかたは、
どうかこの問題について考えてみてください。
存続運動の趣旨にご賛同いただけるかたは、
上にも記したひこ・田中さんの「児童文学書評」から、
ぜひ存続を訴える運動にご参加ください。

大阪府のサイト内、「知事への提言」はこちら

参考:
★講演録・ムーミン童話とはなにか?高橋静男 於・大阪府立国際児童文学館→こちら
(「児童文学書評」内)

mf@ムーミンを愛する者として、子どもの本の周辺にいる者として。

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ゾウとキツネ

アーサー・ビナード氏のエッセイ集『日本語ぽこりぽこり』を読んでいたら、「象の耳」というのが出てきた。
ビナード氏は米国出身・日本在住の詩人で、日本語で著作をものしているひとですね。

エッセイに書かれているのは、とある英語の詩のなかの

When the elephant's-ear in the park
Shrivelled in frost

というくだりを、日本語訳で

公園の象の耳が
霜でちぢまったとき

としている本があった、という話。

米国では、冬でも公園で象を放し飼いにしているのだろうか?
(夏ならいいのかという話もあるが)
いやいや。
ビナード氏によれば、英語で Elephant's-ear とは「大葉のベゴニア」のことなんだそうで。

霜の降りた公園で、象の耳がちぢこまっているのと、ベゴニアの葉っぱが萎びているのとでは、状況がだいぶ違いますねえ。

英語の「象の耳」で思い出したのは、フィンランド語の「キツネのパン」。
Ketunleipä("ケトゥンレイパ")は、直訳すれば「キツネのパン」なのだけど、
実は「象の耳」と同じように植物の名前で、
学名は Oxalis acetosella、
日本語では「コミヤマカタバミ」というのかな?

フィンランド語だけど写真がいくつか見られるページ→こちら

ハート型の葉っぱが、カタバミの仲間のしるし。花もかわいらしい。

この「キツネのパン」には、フィンランド語でもうひとつ別の呼び名もあって、それは「カッコウのキャベツ(käenkaali "カエンカーリ")」。
いずれにしても、森の生き物たちの食べ物に見立てられているところが、なんだか愛らしいなと思う。

ところが。
「キツネのパン」を、いつでも「コミヤマカタバミ」と変換すればすむかというと、そうはいかない。
フィンランド語の子ども向けの本を読んでいると、キツネのパン屋さんが、「キツネのパン」を焼いていたりする。
そのページの挿絵には、植物の「キツネのパン」を思わせる、ハート型をした緑色のパンが描かれていたりして。
ああ、もう、ほんとに、ことばってやつは。

『日本語ぽこりぽこり』、おすすめです。
アーサー・ビナード氏による「アーサーの日本語つれづれ草(web日本語)」は
こちら

(mf)
偶然ですが、「かがくのとも」の最新号(2008年4月号)が、「ハートのはっぱ かたばみ」でした→こちら

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水彩と詩と人生と旅

フィンランド人画家ヘリ・プッキ(Heli Pukki)の水彩画展が、
東京都渋谷区の「Craft Space わ」で開催中です。
3月8日(土)まで。
見るだけでなく、気に入れば作品を購入もできる、と思います。

営業時間、場所など詳細は「Craft Space わ」のサイトで。
(展示会開催中の営業日時はお店へ問い合わせるのが確実です)

ヘリ・プッキのイラストを使ったポストカードや、ポエムカードも。
プッキ作品のほかフィンランド直輸入の原書絵本もあります。

上記サイトにはいまのところ作品展のことが出ていませんが~、
ヘリ・プッキの作品(カード類)はサイト上で見ることが可能です。
上記サイトの中の、

「わ」のフィンランド・Craftのページ

ここの下のほうに Heli Pukki のコーナーへの入り口があります。

キツネとクマのコンビが描かれている作品が多いのだけど、
どの作品もストーリーがありそうで、
見てるといろいろ想像が広がるところが、
わたしは好きです。
水彩の透明感のある色もいいですね。

ポエムカードの詩も、ヘリ・プッキ本人が書いているそうです。
人生、旅、といったテーマのものが多く、
ふっと心にしみる感じがあります。

東京では春一番が吹きました。
フィンランドでもずんずん日が伸びて、春が近づいていることでしょう。
どんどん明るくなって汚れが目立ちはじめるので、
北欧の春は大掃除の季節でもありますね。
春がきたら、冬の汚れはすっきり流しましょう。
雪がとけて、新しい世界が目を覚まします。
旅立ちとか門出とかの季節ですよね。春。

ヘリ・プッキの この詩 が、いまの季節にはぴったりかも、
などと思いました。

物理的にであれ精神的にであれ、
旅立とうとするすべてのひとに、
よい風が吹きますように。

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Nyokki (2)

前回の記事に書いた穂村弘のエッセイ『にょっ記』の中に、
深夜、工場の煙突がけむりをもくもく吐いている風景、
というのが出てくる。「5月9日」のところ。

これを読んで、フィンランドを思い出した。
「工場」の煙突から、白いけむりが吐き出されている景色を、
冬にフィンランドに行くとよく目にする。
あれはお湯を作っているのですね。暖房用のお湯を。

冬場に何度か訪れたフィンランド南東部の町で、
いつも泊まるホテルの窓からは、
けむりを吐く煙突が1本立っているのが、よく見えた。
そのホテルは湖に面していて、窓からは右手の方向、
湖の向こう岸のあたりにその煙突はあった。
この町じゅうを暖めているお湯はあそこから供給されているのだな。
真っ暗な冬の空を背景に、
一筋のけむりはいつでも、静かに空へのぼっていた。

あるとき、時差ぼけで早朝に目を覚まし、
することもないのでぼんやりと暗い窓の外を眺めていた。
外の景色は雪に覆われている。
まだ朝の5時前。
お湯を作るけむり以外に、何も動くものは見えない。
と思ったとき、
他の方角からもけむりが立ちのぼっているのが目に入った。

あれっ?
あっちのほうにも、お湯を作る施設があるのかな?

その方角をよく見ると、白いけむりが何本も、空を目指している。
あんなにたくさん、お湯を作っているの?

ああ、違う。けむりじゃないんだ。
しばらく見ていて、そう気づいた。
右手に見える、いつものお湯工場のけむりの筋は、
雲みたいにやわらかい輪郭を持って、
わずかに風があるのだろう、
ほんのすこし斜めにたなびいている。
だけど、
他の方角に見える何本もの白いラインは、
きりっと直線で、
静かに直立している。
あれはけむりじゃない。
光の柱だ。

光の柱は、1本、また1本と次々に姿を現して、
不思議な一群となった。
地上にたくさんの人がいて、彼らがいっせいに、
空に向かってサーチライトの光を放っているのかしら。
そんな感じだった。

やがて光の柱はすこしずつ淡くなり、消えていった。
最後の1本が暗い空にすっかり溶けこむまでずっと見ていた。
湖沿いの道路に車のランプがぽつぽつと現れ始めた。

あとになって、日本人の友人にこの話をしたら、
それはオーロラの卵だったかもしれませんねといわれた。
オーロラが出現する前に、こういう光の柱が現れることがあるそうで、
友人は見たことがあったという。
その友人もやはり、
「誰かがサーチライトで照らしているのかと思った」
のだそうだ。

あのあと、空の高いところではオーロラが舞っていたのかもしれない。
わたしは見ることができなかったけれど。

真っ暗な空と、雪に覆われた大地の間に、
光の柱の群れが静かに直立していたあのながめを
思い出すたびに、
心の中が、しん、とする。
激しく乱舞するオーロラにも心は惹かれるけれど、
あの光景を見ることができてよかったと思う。

だいぶ前に書いた「お湯工場」の話はこちら

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