Nyokki (2)
前回の記事に書いた穂村弘のエッセイ『にょっ記』の中に、
深夜、工場の煙突がけむりをもくもく吐いている風景、
というのが出てくる。「5月9日」のところ。
これを読んで、フィンランドを思い出した。
「工場」の煙突から、白いけむりが吐き出されている景色を、
冬にフィンランドに行くとよく目にする。
あれはお湯を作っているのですね。暖房用のお湯を。
冬場に何度か訪れたフィンランド南東部の町で、
いつも泊まるホテルの窓からは、
けむりを吐く煙突が1本立っているのが、よく見えた。
そのホテルは湖に面していて、窓からは右手の方向、
湖の向こう岸のあたりにその煙突はあった。
この町じゅうを暖めているお湯はあそこから供給されているのだな。
真っ暗な冬の空を背景に、
一筋のけむりはいつでも、静かに空へのぼっていた。
あるとき、時差ぼけで早朝に目を覚まし、
することもないのでぼんやりと暗い窓の外を眺めていた。
外の景色は雪に覆われている。
まだ朝の5時前。
お湯を作るけむり以外に、何も動くものは見えない。
と思ったとき、
他の方角からもけむりが立ちのぼっているのが目に入った。
あれっ?
あっちのほうにも、お湯を作る施設があるのかな?
その方角をよく見ると、白いけむりが何本も、空を目指している。
あんなにたくさん、お湯を作っているの?
ああ、違う。けむりじゃないんだ。
しばらく見ていて、そう気づいた。
右手に見える、いつものお湯工場のけむりの筋は、
雲みたいにやわらかい輪郭を持って、
わずかに風があるのだろう、
ほんのすこし斜めにたなびいている。
だけど、
他の方角に見える何本もの白いラインは、
きりっと直線で、
静かに直立している。
あれはけむりじゃない。
光の柱だ。
光の柱は、1本、また1本と次々に姿を現して、
不思議な一群となった。
地上にたくさんの人がいて、彼らがいっせいに、
空に向かってサーチライトの光を放っているのかしら。
そんな感じだった。
やがて光の柱はすこしずつ淡くなり、消えていった。
最後の1本が暗い空にすっかり溶けこむまでずっと見ていた。
湖沿いの道路に車のランプがぽつぽつと現れ始めた。
あとになって、日本人の友人にこの話をしたら、
それはオーロラの卵だったかもしれませんねといわれた。
オーロラが出現する前に、こういう光の柱が現れることがあるそうで、
友人は見たことがあったという。
その友人もやはり、
「誰かがサーチライトで照らしているのかと思った」
のだそうだ。
あのあと、空の高いところではオーロラが舞っていたのかもしれない。
わたしは見ることができなかったけれど。
真っ暗な空と、雪に覆われた大地の間に、
光の柱の群れが静かに直立していたあのながめを
思い出すたびに、
心の中が、しん、とする。
激しく乱舞するオーロラにも心は惹かれるけれど、
あの光景を見ることができてよかったと思う。
だいぶ前に書いた「お湯工場」の話はこちら。
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